「わ、たしの…分まで、生き、て…」
「っ!」
ふざけんじゃねェ、お前も生きろ、続けようとしたところでいつも夢は終わる。
「夢ぐらい好きにさせてくれたっていいじゃねーか…」
攘夷戦争の終わりごろのことだった。俺は大切なヤツを目の前で失った。そいつは俺を降り注ぐ弾丸の雨から庇って死んだ。助けようにも、そこは激しい戦いの最中であったし、何より弾丸のいくつかは急所のすぐ近くを貫通していて、出血も多く、助けられなかった。それは好きな女を助けられなかった男の言い訳でもあれば、どうしようもない事実でもあった。戦争が終わってからもしばらくは毎日のように彼女の最期の夢に苛まされては後悔し続ける日々が続いた。そんなある日のこと。
「お兄さん、ちょっとお兄さん」
「…あ?」
当てもなくぶらぶらと町を歩いていると、なんとも胡散臭い占い師のような人間に声を掛けられた。男か女かも分からないような格好に声。いきなり腕を掴まれて、占い師は俺をいすに無理矢理座らせた。
「オイあんたいきなり何、」
「アンタの後ろ、いるよ」
「…はァ?何が」
「女だねェ…。悪さしてるわけじゃないみたいだが」
胡散臭ェとは思ったものの、俺はそういう話に滅法弱い。
「…守護霊かねェ?」
占い師は俺の後ろをガン見。守護霊と聞いて俺は思い当たる節があった。
「なァその女、髪は?」
「…長いねェ、黒髪だ」
「目の色は?」
「んー…ねずみ色っていうのかィ?」
「オイあんたそれグレーって言わねェとそいつ怒るぞ」
そう言えば、占い師は俺の顔をじっと見つめる。
「…まさか知り合いかい?」
「…俺の女だ」
「そうかい…」
の瞳は人とは違う、『グレー』だった。ヅラがねずみ色と言えばすぐに殴りかかった。どちらも同じ色を示す言葉ではあるが、は『ねずみ』が苦手で、その呼び方を嫌った。
「なァあんた」
「何だね」
「俺の声、アイツに聞こえてんのか?」
「…聞こえているともさ。話したいのかい?」
「アイツに聞きてェことがあるんだ」
占い師は俺に先を促す。俺の声はに聞こえるが、の声は俺には見えねェし、姿も見えねェらしい。
「この国が、好きか?」
戦争で生き残った攘夷志士達は、尚もこの『腐った国』を潰そうと細々と頑張っているらしい。それを、死んでしまったは望んでいるのか、そう聞いたつもりだった。
「…好きだとさ」
間が空いて返ってきた答えは肯定。
「そうか…、わかった」
「他にはいいのかい?」
「いいさ、そんだけだ」
「そうかい、悪かったね、いきなり引っ張ってきちまってね」
はこの国が好きだといった。直接聞いたわけではないが、それで胸がすっきりした。
「…?」
目の前には生前と変わらない姿のがいた。ああ、夢の中か。今日こそは、を助ける、とそっと思うが、いつものような銃弾の雨は降ってこない。
「銀時」
今日は違う、いつもの夢と。目の前のが俺を見て微笑んだ。名前を呼んだ。
「…?」
「何よそんな不安げな顔して。顔真っ白だよ、髪の毛みたい」
軽口を叩くは、本物だった。
「言いたいことあるなら、今のうちに言いなさいよ?」
「…あ?」
「大体何回夢の中で私を死なせれば気が済むわけ?いい加減立ち直ってくれないと私心配なんだけど」
「お前っ…」
「なーに?」
なかなか口を開かない俺を見て、はため息をついた。
「今日、私がこの国を好きって言ったのは、『銀時が…みんながいるこの国が好き』だって言ったの。国がどうなろうが知ったことじゃないわ。アンタが護れる範囲が、私が言ってる国の定義」
俺は戦争が終わってから、ずっと思っていたことを口にだした。
「俺は、また戦った方がいいのか?」
「それはアンタが好きなようにやればいい。戦うって言ったって、色々あるんでしょう?」
「…ああ」
「好きなように戦って、好きなように生きればいいじゃん。私が生きてるときは、銀時がそう言ってた」
俺よりいくつか若かったには、先生から学んだこともいくつか話していたこともあった。そういや俺はそんなことも言っていた。
「だから私は自分の思うままに生きたよ」
「…俺を庇って死んだくせにか?」
「そうだよ。後悔なんてしてない」
言い切ったの目はまっすぐだった。
「悪ィ…」
「…何が?」
「お前を護れなくて」
真っ直ぐだったの瞳が少しだけ揺れた。
「謝るのは私の方だよ」
「何でだよ」
「『私の分まで生きて』なんて言って…、銀時を縛り付けてごめん。私銀時が生きているならそれでいいから、私の分なんて気張らずに…生きて」
震え始めたの肩にそっと触れた。
「最後だからさ、…1つ、お願いしてもいい?」
「ああ」
『最後』という言葉が俺の胸を締め付ける。俺だけじゃない、多分、こいつも。
「強く…抱きしめてくれる?」
言葉通りに、を強く抱きしめた。きっとに触れられるのは最後だ。
「…」
俺は自分の唇をのそれに押し当てた。
「…バカ、そこまで頼んでないっつーの」
は最後に笑って、そして消えた。
目が覚めると、俺はいつの間にか家に戻っていた。回りにはもちろん誰もいねェ。ただ手に、そして唇に、の熱は残っていた。
「…今度は護ってやらァ…」
が残した、俺の国を。
さよならは言わない