「……海堂、くん?」
今日は昼頃から雨が降り始めた。夏場で気温も高い上に、湿度まで高ければ溜まったものじゃない。一応持ってきておいた一番のお気に入りの雨傘も、こんな日には恨めしくなる。彼女がそっとこぼしたため息は、周りの騒音にかき消された。その騒音というのも、気分を憂鬱にさせるものであったが、日々の慣れというのは恐ろしいものだ。彼女はちらっと視線を寄越しただけで、また正面を向いて歩き出した。
「…テニス部ファンの女子、どうにかならないのかな」
まあ、国光もアレには困ってるんだし、いつかどうにかなる、かな…。一人で苦笑を浮かべながら、彼女は帰り道を歩く。
にゃあ、と声がした。
「…猫?」
その声が、あまりにも寂しそうに聞こえて、彼女はその声がする方へ足を向けた。猫は雨で濡れたよれよれのダンボールに入っており、少し震えていた。
「やだ、すごく濡れてるじゃない」
彼女は自らが濡れるのもお構いなしに、猫の上に傘を差した。
「大丈夫かなあ…、病院連れて行ったほうがいいのかな…」
持っていたタオルをカバンから出し、警戒されないようにそっと猫に触りながら濡れた体を拭いてやる。人懐っこいのか、警戒できないほど弱っているのかは分からないが、大人しくじっとしていた。時折聞こえる鳴き声からは、安心している様子を感じられた。
「飼ってあげた方が良いのかなあ…」
雨はまだまだ大降り。止みそうにはない。制服もすでにびしょ濡れだった。
「困ったなあ…」
そんな時、急に自分の上だけ、雨が止んだ。驚いて見上げると、上には男物の傘。振り向けば…。
「…海堂、くん?」
後ろには、1つ下の後輩、海堂薫がいた。仲が良いわけではないが、幼馴染である手塚国光が率いる男子テニス部のレギュラー部員、というわけで少しだけ話したことがある。
「…先輩」
海堂くんも私だと気づいていなかったのか、読み取りにくい表情ではあるものの少し驚いていたみたいだった。
「…何してるの?」
「それはこっちのセリフっスよ」
海堂くんは私に事情を話した。朝この猫を見かけたが、雨が降り出したので心配で仕様がなかったご様子。真面目そうな海堂くんに反して、私は思わず笑ってしまった。
「何で笑ってんスか」
「ううん、海堂くんって、動物好きなんだなあって思って」
「………」
少し無言になった後、お得意の『フシュゥゥゥゥ』が出た。彼も面白い人だ。
「心配しなくても大丈夫だよ、一応病院は連れて行こうと思うけど」
「先輩…、飼うつもりっスか?」
「あ、もしかして海堂くん飼う?」
「いえ…、俺んちは飼えねぇっス」
「…そっか、私責任持ってちゃんとお世話するし!海堂くんも家に来ればいいよ!」
そう申し出れば、海堂くんは、少し…、ほんの少しだけ笑顔を見せた。
止みそうになかった雨が、止んだ気がした。
Rain
海堂くんちが猫飼えないって…実際はどうなんだろう?
2010.08.06