殺すつもりはなかったんだ。殺人犯が問い詰められたときによく言う言葉だ。もちろんそのときには焦燥と後悔が顔に浮かんでいるんじゃないだろうか。きっとそうだ。だって殺すつもりがなかったのなら、予定外のことに驚いて、犯人自体が混乱しているだろうから。だけどこいつは、この目の前の男は違った。





















「殺すつもりはなかったんだけどなー」





















狂気の塊というかなんというか。殺した相手の返り血を全身に浴びながら、その顔には微笑みが浮かんでいた。笑ってはいるけど、目は笑っていない。そんな微笑。ああ、私の持論が間違っていたのか、と思わされてしまう。





















「どうしたの?君、怖いの?」





















男の視線は死体となった私の親友、ではなく、既に私に向けられていた。知らないうちに私の体は震えていて、それを隠すように、両腕に力をいれて、両手を硬く結んだ。





















「…どうして?」





















やっとのことで搾り出した声もやはり震えていた。親友の名前を呼ぶなんてことはしなかった。呼んだって彼女が戻ってくるわけじゃないし、ましてや状況がよくなるわけでもない。もしかしたら私も、一度瞬きした後には既にあの世なんてこともありえるかもしれない。





















「どうしてって…、彼女が俺に向かってきたからじゃない?」






















目の前の殺人鬼は飄々とした態度で言ってのけた。





















「それはっ…あなたが!」

「うん、俺が君らを殺そうとしたからだよね」

「…っ、分かってるなら」

「君こそ、分かってるなら俺から逃げるべきじゃないのかな?」

「それは…」






















私と彼女がいたのは人通りの少ない暗い路地裏だった。そこにいた理由は特にない。あえて理由をつけるなら、ただ内緒話をするにはちょうどいい場所だった、ということだけだ。どうしてこんなことになるなんて想像できるだろうか。このあたりは確かに治安が悪かった。天人の抗争、人間同士の喧嘩。いろいろと争いの絶えない土地だった。ただそんな土地にいる私だって、喧嘩する奴らの一人ではあった。もちろん親友も。だから今日、喧嘩をうられたことだって、いつも通りのことだった。…はずなのに。





















「逃げるのは士道に反する、って思ってる?」

「…私は別に、侍じゃないし」

「ふーん。じゃあ何で逃げようとしないの?」






















喧嘩をうられるのも、その喧嘩を買うのも、そしてその喧嘩に勝つのも日常茶飯事。そんななかで、不運だったことは、近くにこいつがいたこと、喧嘩相手の使った武器が殺傷能力の高いものだったこと、それをこいつが拾ったことだった。どういう理由があったのかは知らないが、奴は私達にそれを向けて向かってきた。『、下がって!』と私の名前を叫んだ彼女は第一撃を防いだ後、反撃し、殺された。あっという間だった。





















「もしかして腰が抜けちゃった?」

「……」

「さっきの子を残すべきだったかなー、俺の一撃を防ぐのって、手加減してたとはいえすごいことなんだからさ」






















狂ってる狂ってる狂ってる!





















「ねえ、何か言ってよ」






















だけどこいつは知らない、私だって…狂ってるってこと。





















「殺す」

「…へえ?」






















一瞬の間のあと、彼は不敵に笑った。その後のことは覚えていない。ただ、いくつか覚えているのは彼にいくつか傷を負わせたこと、私はそれ以上の負傷をしたこと、気を失う前に囁かれた言葉だった。目覚めたのはそれから2日後。何もかもが真っ白な病院だった。この事件が今後の私の人生を大きく変えるとは夢にも思わず、私は再び目を閉じた。





















夢に見たのは、気を失う前に見た、彼の笑みと『迎えに行くよ』という言葉。






















狂気





















なんだかシリーズ化しそうな中途半端な終わり方。

…文才欲しいわー…。

2010.08.08