カリカリカリカリ。
放課後の教室に響くシャープペンシルの音。気が付けばもう夕暮れで、オレンジ色の光が室内を照らしていた。普段、授業が終われば部活や街に消えていく生徒も、この時期だけは必死に勉強する。教室に残っているのは、私ひとり、だったはずだった。
「ねえ、ちょっと」
「む?」
「帰ったんじゃなかったの?」
集中していた私の視界に、ふっと入ってきた黒い長い髪。見上げれば、そこには奇妙な生物エリザベスと一緒に帰ったはずだったクラスメイトの桂がいた。
「教科書もノートもすべて忘れてしまったことに気付いてな」
「馬鹿じゃん」
「馬鹿じゃない桂だ」
そして桂は私の前で立ったまま。理由もわかっている私は、わざわざ問いかけたりしないで、解きかけの数学の問題へとシャープペンシルをはしらせる。これ、次どうやって解くんだっけ。
「、お前は俺の席で何をやっているんだ」
「数学」
少し見ただけでもわかるようなことを言ってのけたのは、ほんの少しの復讐だ。本当のことは、素直に言ってなんかやらない。最近流行のおまじない。高校生にもなって何をアホな、なんて、あの時は言ってしまったけれど。"放課後の教室、誰にも見られないで、好きな人の机に1時間座るだけ"。子供だましみたいなおまじないだけど、やってみようと思い立ったのは慣れない勉強なんかしたせいで頭がおかしくなっているせいなのかもしれない。
「私の席、西日が当たって眩しいから」
普段からとてつもなく鈍感なこの男が、こんなおまじないを知っているわけがないし、知っていたとしても、まさかこの私が桂相手におまじないを実行中だなんて、思うわけがない。けど、知られてしまうのは怖くて。
「ごめんごめん、教科書とるんだよね」
いい加減どいてあげないと、そう思って椅子から立ち上がろうとしたその時、両肩にずしりとした重みがかかって立ち上がれない。
「……何してんのヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
「どうでもいいんだけど何してんの」
「どうでもよくない、桂だ」
邪魔だろうから立ち上がろうとした私の肩を押さえていたのは桂だった。何やってんのこの人立ち上がれないんだけど。
「1時間経ったのか?」
「……え?」
今この男は何を言ったのかわかっているのだろうか。1時間って、1時間って、まさか。
「まじないの、途中だったのだろう」
予想外の言葉に文字通り口をあけて唖然としている私を桂は心なしか優しい目で見つめていた。ただの鈍感男だと思っていたのに。
「さァ、一緒に風紀委員のやつらをこらしめてやろうではないか!」
「…………は?」
どうやら勘違いだったようだ。そんなに俺の志を好んでいたのならもっと早くとかなんとか言っちゃってるし……どうしてそうなる。
「……ばーか」
「ん?どうした」
「なんでもないわよ」
結局おまじないの効果なんて得られなかったけれど、いまはまぁ、これでいっか、なんて。
糖度高めでお願いします
2013.02.07
方向性を誤った。
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