トントン、とリズムよく上れば、薄暗い中に扉がひとつ。鍵のかかっていないその扉は、開閉するたびにぎぃっという音を立て、恐怖心をほんの少しだけ煽るが、少女には何一つ関係がなかった。薄暗ければ人は寄り付かず、鍵がかかっていなければ、その扉を開けるのに苦労はしない。扉を開くと、まだ少し冷たい風と、心地よい日差しが少女を迎えた。学校屋上、給水棟の上。ここは彼女の特等席。







「あー、最高」








退屈な授業をボイコットして、この特等席で仮眠をとる。それが私の日課であり、日常であり――







「まァた来やがったな!」








特技は1分で睡眠にはいること。眠りに落ちかけたその視界に、真っ黒な影が映りこむ。







「……出た」
「何が出た、だ。お前、ここに来る時は最恐の怪談を持ってこいと何度言ったら」
「先輩うるさい」







私がそう言えば、"先輩"は苦い顔をしてため息をひとつ零した。給水棟を降り、彼の特等席であるソファーの上に座り込む。"先輩"とは、この中学に伝わる怪談、「四ツ谷先輩」その人である。お供え噺をもって屋上に行けば会えるという幻の生徒は今、私の前では睡眠妨害でしかない。







「もう……先輩のせいで目覚めたんですけど」
「知らん」
「知らん、じゃない相手して暇」







給水棟を降り、ソファーに座る四ツ谷先輩の前で正座すると、彼は一瞥もくれず、空を仰ぐ。








「なあに」
「お前はいつになったら悲鳴を上げるんだ」
「それは保証しかねます」
「なんでだよ」







私の返答が気に入らなかったのだろう、彼はぐっと顔を近づけると不満げに口を尖らせた。四ツ谷先輩は、人の悲鳴を聞くのが大好きだ。それはもう、「全ての悲鳴は俺のモノ」とかなんとか言っちゃうくらいには大好きだ。初めて彼に出会った時にはドン引きしたものだが、慣れとは恐ろしい。







「なんででしょうねー」
「シシシッ、、一丁前に俺に隠し事か?」
「隠し事なんてたいそうなものじゃないでーす」







近づいた距離から逃れるために、わざと立ち上がって背中を向ける。ここから見える空は、時折腹が立つほど真っ青で、美しい。







「先輩は、いつになったら卒業するんです?」
「はァ?」
「学校を、悲鳴でいっぱいにしたら、ですか?」








答えをもらえるだなんて思ってない。先輩は、自分の楽しみのために、全力を尽くして、そして今の生き方を選んでいるわけで。そこに私の存在なんてひとかけらもなくて。四ツ谷先輩はちゃんと存在する、なんて事実を知っているのも、私だけなのに。








「なんですか」
「お前、こういう時、異常に素直だよな……」
「うるさいです」








四ツ谷先輩はいつものように、ヒッヒッと奇妙な笑い声をあげながら立ち上がると、後ろから私の頭を掻きまぜた。







「ちょっ、髪型崩れる!」
「心配しなくても消えやしない」







その言葉を聞いて、思わず私は振り返る。と同時に後悔。にやにやしてやがる。







、お前の悲鳴を聞くまではな!ひゃーーーはっはっはっ」
「それ……いつまで先輩の怪談に付き合わなきゃいけないんですか……」







もう私、卒業しちゃうんだけど。言いかけて、そして飲みこんだ。どうせどうせ、先輩の一番は――







「まァ一生解放してやるつもりなんてないけどな」






私は大変な道を選んでしまったのかもしれない。
















指先にルージュ











2013.02.06
四ツ谷先輩の面倒見の良さはピカイチだと思います。